昭和レトロ好きなギークです。ネットサーフィン(死語?)をしていたところY字型に建てられた団地「スターハウス」が赤羽に残っていることを知りました。2023年9月にオープンした「URまちとくらしのミュージアム」の一部になっているそうな。週に何回か完全予約制(入場無料)のツアーを開催してくれています。
ツアーに参加がてら、赤羽を街(町)歩きしてきました。JR赤羽駅を10時頃に出発して、1時間半のツアーをはさみ、15:30にJR赤羽駅に戻ってきた約5時間半のコースです。
今さら、エレカシをききながらこの記事を書きました。さぁ、赤羽にでかけようぜ♪
Contents
1.北区景観百選!カトリック赤羽教会
1951年に聖堂が落成。空襲で焼けた工場跡地に、アメリカからの寄付金で土地を購入したそうです。猥雑な駅前の雑踏に、ゴシック調の建物が違和感なくなじんでいます。
ミサなどの協会の行事が行われていない9時から16時30分までは入堂することができます。ステンドグラスが美しいので、見学させてもらいましょう。
2.エレカシの聖地!昭和レトロ喫茶店デア
赤羽には、ギークの大好きな昭和レトロ喫茶店があるので、モーニングをいただきましょうと、立ち寄った「喫茶店デア」さん。
直線330m、道幅約13m、高さ約13m、1997年に完成した東京で最大の天蓋アーケードのある「赤羽LaLaガーデン」と言うより「赤羽スズラン通り商店街」がしっくりくるアーケード街の2階にあります。
エレファントカシマシの宮本浩次さんが通っていたそうで「エレカシの聖地」なのだそう。どなたかのサインがある!とチラ見したのが彼のサインだったと気がつきました。
宮本さんも食べたかも知れないモーニングセットでした。
3.荒川放水の要!旧岩淵水門(赤水門)と岩淵水門(青水門)
「荒ぶる川」という名前が示すように、荒川は氾濫を繰り返してきました。
1910年の大洪水を契機に、東京の下町を水害から守るため「荒川放水路」の開削に着手したそうな。こちらの旧岩淵水門(赤水門)で本流(今の隅田川)を仕切り、延長22km、幅500mもの放水路(今の荒川)を掘るという壮大な計画です。いつもの景色、この空の下、どでかい虹ではありませんが、どでかい放水路を掘ったわけです。洪水時には、旧岩淵水門(赤水門)を閉めて本流(隅田川)の増水を抑え、洪水の大部分を幅広い放水路で一気に海に流下させるのです。
1965年に荒川放水路が荒川の本流となり、分岐点である岩淵水門より下流の以前からの河道は「隅田川」に改称され、今の名称が定着しましたとさ。今の荒川が、人工河川だったことを、生まれてはじめて知りました。
旧岩淵水門はその要として、1916年から8年間の歳月をかけて建設されました。2024年10月12日に荒川放水路が通水100周年の節目を迎えたそうな。
改修工事で赤い色に塗りかえられたことから「赤水門」という愛称で親しまれているこの水門は、現在は水門としての役割を終え、下流にある青い岩淵水門が役割を果たしています。
100年以上前にそんなことを思いつき、痛み(放水路計画地に住んでいた方たちの引っ越しなど)を伴いながら実現してきたから今の繁栄があるのでしょう。
4.浄土宗天王山淵富院 正光寺で大きな観音様に手を合わせる
前を通りかかったときに、大きな観音様が見えたのでお参りを。こちらの観音様は「岩淵世継大観音」と言い、安産子育観音であるそうな。
赤羽にこのように大きな観音様はいるとは知らず、びっくり!でした。
5.新幹線(埼京線も)が境内の下を通過!赤羽八幡神社
新幹線・埼京線が境内の下を走っている!その景色と、素敵な御朱印目指して参拝しました。
1971年に東北・上越新幹線工事が認可され起工されると、そのルート上、どうしても赤羽八幡神社の小山を避けることは難しく、現在のような神社境内下をトンネルを掘り通過させるという設計に決定してしまいました。当社も、御神域の下を新幹線が通過するという前代未聞の設計に、地域氏子住民とともに強く反対しましたが、最後にはその国策を受け入れ、承認しました。
※赤羽八幡神社の公式サイトから引用
埼京線も境内の下を、通過しています。
「最後には」の前には、すったもんだがあったんだろうな。受け入れたからこそ、今があるんだよな。未来を思ったその決断に感謝です。
6.団地初☆登録有形文化財!憧れのスターハウス!
いよいよ「スターハウス」が残るヌーヴェル赤羽台(旧:赤羽台団地)へ。エレカシの宮本氏が赤羽台団地の出身だと、あとから知りました(苦笑)
スターハウスは、戦後日本で試みられた独特な住棟形式で、三角形の階段室の周囲に各階3つの住戸が放射状に「Y字型」に配置されています。すべての住居が3方向を外気に接し、角部屋なのだそう。
よくそんなこと、思いつき、現実に創ったよね。
こちらの旧赤羽台団地のスターハウスは、2019年に団地としてはじめて国の登録有形文化財に登録されたそうな。現存の3棟を外側から心行くまで愛でることができました。
ちなみに奥に映っている41号棟「板状階段室型」も登録有形文化財に登録されています。
※内部の常時一般公開はしてません。
7.完全予約制ツアーで堪能!URまちとくらしのミュージアム
ヌーヴェル赤羽台(旧:赤羽台団地)の一角に2023年9月にオープンした「URまちとくらしのミュージアム」は、1955年設立の日本住宅公団、UR都市機構と、団地、都市再生、震災復興、ニュータウンなどを通して追及してきた道を体感できる施設です。
歴史的に価値の高い集合住宅4団地計6戸の復元住戸が印象に残っています。
上の写真は、同潤会代官山アパートの単身住居
下が押し入れのようになっている含めのロフト!窓の外は住居外の廊下。目隠しがあるので、歩いているひとからは見えませんが、下からのぞくと中が見えました。たぶんそんな品のないことをするひとは、いなかったのでしょう。
日本住宅公団初期の代名詞となった2DKの代表的な住宅:蓮根団地。ちゃぶ台どかして、布団を敷く暮らしから「食寝分離」を試み、ダイニングテーブルは据え置きだったとか。
晴海高層アパート
公団初となる10階建て高層集合住宅で前川【Uber Eats國男さんの設計。住居スペースを確保するため、エレベーターがとまる3、6、9階のみに共有の廊下を設け、階段で上下階に移動するシステムです。
もし、Uber Eatsが当時あったら、配達員さんが混乱の極みに陥りそうな物件です。
例えば、505号室に行こうとしたら「5階にエレベーター停まらん」となり、「3階で降りて、階段を登ろう」そしたら、行けず。「6階で共用廊下を進み、階段を降りやっと到着」できるわけです。
この頃になると、ステンレスキッチンになってます。
ひとびとの暮らしをよくするために、不器用にこの日々ときっと戦ってきたんだな、と感慨深かったです。
8.昔ながらの喫茶店!友路有(トゥモロー)赤羽二号店
昭和レトロ喫茶店第二弾!友路有(トゥモロー)赤羽二号店でレスカとナポリタンを。事前にメニューを見たところ、フルートのコップがめっちゃかわいくて本店ではなく二号店にきたくせに「タワー・オブ・レスカ」を注文しました。
ちなみに、エレファントカシマシの宮本さんの聖地は二号店ではなく、赤羽駅東口横の本店のようです。エレカシの聖地巡りのひとは、間違えないように。
【まとめ】さぁでかけようぜ!赤羽には輝きを求めて暮らしてきた宝物がいっぱい
スターハウス、「URまちとくらしのミュージアム」のツアーに参加するので街歩きをしよう!って訪れた赤羽に、すっかりはまりました。
エレファントカシマシの「俺たちの明日」にある「輝き求めて暮らしてきたそんな思いがいつだって俺たちの宝物」がたくさん詰まった町でした。
池袋駅から赤羽駅まで10分ほどです。エレカシのファンでなくとも、さぁでかけようぜ♪